国内SaaS領域で最高益をたたき出した企業がある。
経費精算システム「楽楽精算」や電子請求書発行システム「楽楽明細」などのSaaSプロダクトを提供するラクスだ。5月13日に公表した2021年3月期決算発表では、売上高153億円(前年同期比32.6%増)、営業利益38億円(前年同期比232%増)と、SaaS領域では他社を圧倒する利益水準となった。
2000年台から中小企業向けにクラウドサービスを提供する同社の時価総額は、現在3747億円(5月13日時点)と16年のIPO時公募価格から20倍以上の飛躍的な伸びを見せている。
一般的な知名度が高いとはいいづらいラクスだが、SaaSビジネスで積み重ねてきた実績はSansanやfreeeと肩を並べ、今や国内を代表するSaaS企業となった。今回の本決算発表では19年3月期からの3か年の中期計画を達成し、今期からの5年中期経営計画でも強気の成長目標を掲げる。
本記事では決算資料や「企業データが使えるノート」が集計したSaaS KPIデータを基に、同社の知られざる強みをまとめるとともに今後の展望について考察していく。
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ラクスについて知っておくべき3つのこと〜 国内では老舗SaaS企業
ラクスは00年11月に創業し、当時はITエンジニアスクールから事業を開始。メール配信サービスなどでクラウドビジネスに参入し、その後、経費精算システム 楽楽精算といった複数のプロダクトを手掛けてきた。
周囲からはSaaS企業として注目を集めているが、ラクスの社内関係者に話を伺うと「“SaaS企業"という自社認識はなく、中小企業の業務効率化にこだわった結果そう呼ばれるようになった」と、SaaSありきではなくユーザーの課題解決に向き合う姿勢にこだわっている。
ビジネスを推し進める中で徐々にクラウド・SaaS形態のサービス比率が高まり、16年に東証マザーズに上場。今年3月には東証一部にくら替えするなど、着々と事業規模を拡大してきた。
上場企業を5つ作れるSaaSプロダクトを持つ
新興企業向け株式市場マザーズには10億円の売上高で上場を行っているSaaS企業が存在するが、ラクスはその規模のサービスを既に5製品展開している。
成長を大きくけん引しているのは、タレントの滝藤賢一さん、横澤夏子さんを起用したテレビCMが印象的な経費精算システム「楽楽精算」だ。
調査会社ITRが公表するSaaS型経費精算市場の累計導入社数ランキングでは、6年に渡り首位を維持している。金額シェアでなく社数シェアであるのは、ラクスが主なターゲットとする中小企業へのアプローチが強いからであり、大企業向けの経費精算システムでは外資系ベンダーのコンカーが首位となっている。
個別のサービスに着目をすると、ARR60億円規模となった楽楽精算は42.6%の成長率、重点投資を行っている「楽楽明細」に至ってはARR13.9億円に対し127%成長とバックオフィスに向けサービスラインアップ「楽楽シリーズ」の伸びが著しい。
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卓越した有言実行力
国内外におけるSaaS企業の過去売上高を見ると、1年間で成長率は毎年2割ずつ逓減するのが平均像だ。しかしラクスは複数年に渡り成長スピードを落とすことなく、継続的にクラウド事業の売上高を30%以上成長させ続けている。
ラクスが大きく認知を上げたポイントは、18年3月期決算時に公表された2021年3月期までの3か年中期計画にある。
18年3月期においては64億円だった売上高は、21年3月期までのCAGR(年平均成長率)30%目標のもと、154億円の売上高に到達し見事達成となった。
上場企業が公表する中期計画は、その意欲とは裏腹に未達に終わることが少なくない。過去の調査では、上場企業が3年先の計画を示した際の達成率は2割ほどであり、未達に終わるケースが大半だ。
その中でクラウド化、SaaS化といった変革期の追い風を受けながらも、このような目標に対し有言実行を果たしてきた。投資家からの評価は高く、現在の時価総額にその信頼が現れている。
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ラクスの本質的な強みとは
ラクスを理解する際に欠かせない2つのポイントがある。まずはラクスの本質的な強みだ。
(1) 全てを追わず、特定課題に深く刺す
ラクスの主要プロダクトである楽楽精算や楽楽明細は、SaaS型の経費精算システムを初めて導入するような中小企業を主要顧客としている。
freeeやマネーフォワードが提供する全方位の機能を提供する「スイート型」のバックオフィスシステムが注目される中で、ラクスはあくまで単一機能を提供する「ベストオブブリード型」にこだわりを見せる。
スイート型は会計、経費精算、給与、勤怠などバックオフィス関連業務の多くをカバーできる反面、ユーザーによっては一部の機能しか使いこなせていない、機能開発が不十分であるなどの不満を抱えることがある。
ラクスは「業務課題を解決」することを何よりも重視している。楽楽精算でいえば、経費精算を担当する経理部門の業務負荷の解消が最優先課題であり、その最適解を追求していった結果がベストオブブリード型でのアプローチであった。
この成果はラクスが公表している各プロダクトのLTV(Life Time Value : 契約当たりの生涯収益)に如実に現れている。
例えば、楽楽精算の1契約当たりのLTVは1466万円だ。そこから推測される月次解約率は1%を切ると見られ、ユーザーの定着度が非常に高いことが伺える。
取材を進める中で印象的だったのは、「エンドユーザーから楽楽精算のユーザビリティが非常に優れているというフィードバックは少ないのですが(笑)、経理の方の煩雑な業務を開放する課題解決には絶対の自信がある」(ラクス関係者)という"実"を取る思想の強さだ。
ラクスは「楽楽」シリーズと銘打ち、請求書管理システム、販売管理システムを提供しているため、一見すると製品連携のあるスイート型の展開を進めているように見えるが、「楽楽精算と楽楽明細はログインIDでさえ共通ではない」(ラクス関係者)ほどに製品を独立させ、特定課題にフォーカスしている。
このように深いユーザー理解と課題解決志向をもとに、連続的に強いSaaSプロダクトを作ることができる「SaaS立ち上げ再現力」にこが同社の最大の強みがあると言える。
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(2)高成長にして高収益体制
ラクスの特筆すべき2つ目のポイントは「高成長にして高収益体制」が築けている点だ。
「SaaS企業の時価総額はなぜ高いか」でも触れた通り、SaaS企業は売上成長率を加速させ、先行して顧客基盤を獲得することが重要だ。そのためSaaSスタートアップでは赤字となっても人材採用や広告投資を行うことが成長の定石だと考えられている。
freeeやマネーフォワードは赤字でのIPOを迎えた後、現在に至るまで継続して最終赤字を計上し続けているほか、Sansanも利益率は低い一方、各社ともに高い成長率を記録してきた。
対照的にラクスは、今回の決算でも営業利益率25.3%、EBITDAマージンも28.2%と高い利益率を計上しているにもかかわらず、併せて40%近い成長率を達成している点は驚異的だ。
SaaSビジネスの成長を見る上で、適切な成長率と利益率は「Rule of 40%」と呼ばれる。これは売上成長率と営業利益率を合算した数値が40%を超えれば優良であると考えるものだ。「Rule of 40%」に当てはめると、57%にも達するラクスのレベルの高さは一目瞭然だ。
先行投資による赤字許容度が高い海外投資家と比較し、国内投資家は黒字を好むと言われている。その中で「高成長と高収益」を両立させてきたラクスは、個人投資家からも高い支持を受けており、現在の時価総額を形成している。
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新中期経営目標でアプローチ変更
今回のラクス決算の最大の目玉は、新たに公表した22年3月期をスタートとする5か年の中期経営目標だ。
3つの項目が掲げられているが、最重要は(1)の5か年売上高CAGR(年平均成長率)25%〜30%だ。この目標が達せられる場合、5年後の26年3月期の売上高は(下限の25%成長とした場合)470億円となり、(2)と(3)の達成可能性も高まる。
連続的なSaaS立ち上げ力を強みとするラクスだが、今までとは大きく異なったアプローチをとる可能性を公表資料の中で示している。
利益を減らしても成長速度を上げていく
1点目は過去にない水準で行う先行投資だ。
ラクスが公表している22年3月期第2四半期までの業績予想では、上述の「利益を出しながらの成長」路線を少し修正し、先行投資を思い切って増やす計画に変更している。人員増強並びに広告宣伝費の増加の内訳を併せて開示しているが、昨年に大きな伸びを見せた「楽楽明細」の成長をより加速させにいっているよう見受けられる。
このアクセルの踏み方は従来のラクスには見られなかった勝負の仕方であり、それぞれのプロダクトにおいて、どの程度まで成長率を伸ばすことができるか、次回以降の決算に注目が集まる。
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意外だったM&Aへの言及
今回公表された資料の中で意外性があったのが、M&Aを活用した成長戦略に言及している点だ。
ラクスは18年にメール配信サービスのブレインメールを子会社化しており、M&Aの経験も有しているものの、ラクス自身の強みを企業買収で生かしきれるかは未知数だ。買収の対象はバックオフィス系のSaaSなどと考えられるが、freeeやマネフォワードも同様の企業への投資を強めており、M&Aにおいてもし烈な競争が生まれる可能性がある。豊富な現預金を保有している次のラクスの一手に注目したいところだ。
本記事では、ラクスの現在までの成長や今後の展開について解説をしてきた。今回の決算でも非常に良い結果を迎えた一方で、足元のバリュエーション指標は既に高い期待を反映した水準まで上昇しているという指摘も多い。
他のSaaS企業では、決算発表において少しのネガティブ要素で翌日の株価がストップ安になるなど、急ピッチで上昇した時価総額に対する調整が生じているようだ。数年内にARR200億円の突破も見えてきた中、引き続き投資家の高い期待に応え続けられるか、次のステージへ加速していくラクスの取り組みに注目していきたい。
記事中のデータについて
本記事を執筆するアナリストが運営する「企業データが使えるノート」では、記事中のARR内のデータなどSaaS企業に関するKPIデータや財務、バリュエーションデータ等を独自の分析を交えnote内で提供しています。
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