金融庁の「顧客本位の業務運営に関する原則」の第6原則は、「金融事業者は、顧客の資産状況、取引経験、知識及び取引目的・ニーズを把握し、当該顧客にふさわしい金融商品・サービスの組成、販売・推奨等を行うべきである」と述べている。
この原則の正しさについては、全く疑う余地はないが、問題は、金融機関は、いかにして、「顧客の資産状況、取引経験、知識及び取引目的・ニーズを把握」できるのかということである。これができなければ、そもそも、原則が正しくても、原則の履行は不可能になる。
この点について、金融庁も金融機関も、顧客に聞けばいいと思っているようだが、聞いて正しい回答が得られると考えるのは、とんでもない勘違いである。金融の常識、世の非常識というくらい、金融界の発想はおかしい。商業の一般原則に遡って考えれば、すぐにわかることである。
顧客は、欲しいものがあるときは、商人に聞くのであって、商人が顧客に聞くことなど、原理的に、あり得ない。つまり、需要が先にあって、需要に応えるのが商業である以上、商人は黙って需要に応えればいいのである。
具体的に欲しいものが決まっている顧客は、店のほうから何かお探しですかと聞かれるまでもなく、それが店にあるかどうかを聞くし、欲しいものが具体化していない顧客に、何かお探しですかと聞いても、見ているだけですとかわされる。つまり、どちらにしても、何かお探しですかと聞くことには、意味がない。
飲食店で、注文を聞くのも同じことである。聞かれなくとも、顧客は食べたいものを注文する。注文を自分で決められない顧客は、最初から店に入ってこない。一般に、商業では、商人が顧客に聞くことによっては、何らの新しい需要も生まれず、既に顧客のなかにある需要が確認されるだけである。商人は、単に、その需要に黙って適切に応えればいい。
金融機関が顧客に「資産状況、取引経験、知識及び取引目的・ニーズ」を聞くことは、飲食店が顧客に健康状態を聞くことと同じである。健康状態を聞くことは、その前提として、健康にとって望ましくない注文を拒絶することも想定しているはずである。こうした姿勢は、間違いなく顧客本位ではあるが、これほど、商業の常識に反したこともない。
要は、あからさまにいって、顧客本位というのは、原理的に、余計なお世話、おせっかいであり、しばしば無礼なことなのである。金融機関は、まずは、この顧客本位の商業の常識に反した本質を理解することから始めなければならない。そのうえで、商業の常識に適った顧客本位を考えなくてはならないのである。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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