「SmaChari(スマチャリ)」は、スマートフォンアプリと自転車に取り付けた電動アシストユニットが連動して、さまざまな自転車を電動アシスト化・コネクテッド化できるサービスです。
開発の経緯から、自転車をコネクテッド化すると何ができるのかなど、開発プロジェクトのリーダーに話を聞きました。
株式会社本田技術研究所
ソリューションシステム開発センター
戦略・商品企画室 商品企画ブロック
スタッフエンジニア
野村真成(のむら・なおき)
2014年入社。入社以来N-BOXやN-ONEを中心にNシリーズの内装設計に従事。軽自動車新魅力創出活動やN-ONEワンメイクレースに携わり、鈴鹿・熊本の若手社員共同での魅力創出プロジェクトへの参画をきっかけにIGNITIONに応募。SmaChariのプロジェクトリーダーとして技術・アプリ開発を担当し、今年9月の販売開始に向けて鋭意準備中。
学生時代の苦労した自転車通学が原点。「SmaChari」が生まれるまで
野村 SmaChariとは自転車本体のことを指すのではなく、自転車をコネクテッド化するサービスとアプリの総称です。パソコンやスマートフォンのOSやCPUのように、様々なメーカーの自転車に搭載して利用するイメージですね。
野村 SmaChariは、2019年4月よりプロジェクトを本格的に始動し、現在4人チームで進めています。2018年末にHondaの新規事業創出制度「IGNITION」に応募し、それがきっかけで事業化に至ることができました。
実は、アイデアは高専時代から持っていました。当時の通学路は片道約10km。学校へ行くのは楽しかったですが、通学で体力を奪われるのがつらくて、いつか自転車通学を楽にするものをつくりたいと考えていました。当時から、通学用自転車にロボコンで使うモーターをつければ、動力の後付けで自転車を電動アシスト化できるのではと考えていました。
野村 転機になったのが、入社4年目の2018年。それまでN-BOXをはじめとするNシリーズの開発に携わっていましたが、IGNITIONの募集を見て、かねてからのアイデアをカタチにしたいと思い、応募しました。
クルマもバイクも身近なモビリティですが、あくまで免許を持っている人向けの製品。学生のときは欲しくてもなかなか手に入れることができません。もっと身近なモビリティをHondaの製品としてつくるチャンスだと思ってチャレンジしました。
こうして、長年のアイデアを具現化するスタート地点に立ったSmaChariですが「既存の自転車に動力を取り付ける」という考えは、Hondaの原点である“バタバタ”とよく似ています。バタバタとは、本田宗一郎が1947年に初めてHondaの名で製品化した自転車用補助エンジンのこと。本田宗一郎が、自転車をこいで遠くまで買い出しにいく妻の姿をみて、楽にしてあげたいとの想いから生まれたという逸話が残っています。
野村は「IGNITIONに応募したあと、『これって、現代版のバタバタだよね』と言われました」と振り返り、創業者・本田宗一郎と重なるものを感じると語ります。
野村 時代こそ違いますが、「周りの人を助けたい、移動を楽にしてあげたい」という基本的な想いは一緒です。結果、SmaChariはバタバタと非常に近い形になりました。バタバタは今の原付の原点でもあり、お客さまの手が届くレベルで暮らしを豊かにするというHondaらしさにつながっていますよね。
既存の自転車が抱える課題をオプション感覚の電動アシスト化で解決
野村 IGNITIONの事業では4人までメンバーを集められるため、鈴鹿・熊本の若手社員共同での魅力創出プロジェクトで知り合った大貫に声をかけ、もう2名のメンバーを社内公募で募り、砂本と服部が新たにメンバーに加わりました。
野村 砂本はバイク開発を担当しており、私と同じく高校生の時に通学で苦労した経験があり、ユーザーニーズ思考が強いタイプ。服部はもともとサイクリングが好きで、年間1万km以上も走る生粋の自転車乗り。開発の基礎や枠組み検討は私と大貫、コネクテッド化は砂本、電動アシスト化は服部と、それぞれ違うものを持ったメンバーが揃い、得意分野を活かしています。
開発チームはまず全国各地に足を運び、高校生に直接ヒアリングを行い、通学状況を調べました。さらに販売店をまわり、自転車を売る側が持っている悩みを徹底的に調査。その結果、野村の中で「今求められているのは電動アシスト自転車ではなく、既存の自転車の電動アシスト化ではないだろうか」という直感が確信に変わります。
野村 私も学生の頃、電動アシスト自転車が欲しかったのですが、当時はママチャリタイプばかりで、もっとカッコいい自転車があればいいなと思っていました。電動アシスト自転車は種類やデザインに限りがあり、それなら、ユーザーが好みの自転車を電動アシスト化する方が、需要があるのではないかと考えるようになりました。
こうして、「誰もが、好きな自転車を電動化できるようにしたい」という想いのもと、開発の方向性を決めるために課題を洗い出しました。1年かけて行った市場調査を経て、自転車を買う側からは手の届きづらい価格帯や安全面への不安、自転車を売る側からは在庫負荷の高さなど、それぞれの立場でさまざまな課題を抱えている現状を目の当たりにしました。
野村 お客さまからは単なる電動化ではなく、盗難対策や長距離通学への不安、バッテリー充電忘れへの対応など、自転車をより安心・便利に使えるようにしてほしいというニーズもあることがわかりました。
調査を経て、野村は発想を転換します。SmaChariは単なる電動化ユニットではなく、安全・安心を届けられるサービスにするべきだと考えたのです。
電動アシスト化×コネクテッド化で自転車の可能性を拡げていく
野村 元々は、後付けで自転車を電動アシスト化することを目的に開発を進めていましたが、自転車の移動の課題解決には電動アシスト化だけでは足りないと気づきました。
クルマは安全運転支援システムなど安全技術の進化が進む一方、自転車は何十年たっても安全機能は変わっていません。技術で自転車の安全性向上に貢献できないかを考え、その解決手段としてコネクテッド化を考え始めました。そして、「電動アシスト化とコネクテッド化」というSmaChariのコンセプトが固まったのです。
コネクテッド化によって自転車では何かできるようになるのでしょうか。
野村 位置情報をアプリで共有できるため、保護者はお子さまがどこにいるかを確認できますし、仲間同士でサイクリングする場合に、集合場所の共有、お互いの位置の確認などにも役立ちます。何よりこのシステムはスマートフォンが鍵になります。登録されたスマートフォンでないと動力は起動しませんので、盗難防止にも一役買います。今後もさまざまなサービスをアップデートすることで多様な価値を提供することができ、これもコネクテッド化による利点といえます。
新規事業創出制度のIGNITIONでは、「起業」と「社内事業化」の2つの道を選ぶことができます。SmaChariは、IGNITION発で初めて社内事業となったプロジェクトです。
野村 起業して独立するか、社内事業として進めるか。この選択はチーム内でも意見が分かれました。社外ベンチャーの方がスピード感をもって商品化できるというメリットはあります。ただ調査を通じて、自転車はお客さまから見ると品質や法規に適合できているかなど、 安全や安心に対するニーズが高いことがわかっていたので、Hondaの安全性への信頼と実績を活かしサービスを開始する事が、多くのお客様に活用いただけるサービスへの発展につながると判断し、社内事業を選びました。
野村 さらにもうひとつ大きな決断をしました。Hondaだからこそできることは何だろうと考えたとき、電動化やコネクテッド化を実現するための技術を幅広く提供することで世の中に貢献できるのではないかと考えました。電動アシスト自転車の動力に関しては、さまざまなメーカーが得意としていますし、ただでさえ自転車が高価になりつつある中、動力まで開発するとなると高コストになってしまいます。思い切って電動アシストユニットはそれを得意とするメーカーに提供してもらうことにして、「今ある電動アシスト自転車」と「電動化してほしい自転車」の中間となるサービスを目指すことにしました。
2020年、開発チームは、後付け電動アシストユニットとコネクテッド化の基礎技術開発を本格的にスタート。2年かけて、日本交通管理技術協会から、電動アシスト自転車の安全性・法規適合性を明らかにする型式認定制度にも対応した技術である承認を得ることができました。
野村 それから事業化へ向けて本格的に動き出し、自転車を製造・販売いただくパートナー企業と契約することができ、今に至ります。実は、事業化が明確になったタイミングでメンバー全員が本田技術研究所から本田技研工業に転籍し、今年の4月1日付けで事業部へと異動になりました。開発だけして展開を事業部に任せるのではなく、自分たちの手でお客さまに届けるべきだと考えたからです。
「高校生の通学を助けたい」という思いから始まったSmaChari。今年9月の展開を予定し、いよいよ全国の高校生たちへのアプローチが始まります。今後、パートナー企業を増やし、SmaChariを手に取れる店舗を増やしていくことも検討しているとのこと。野村は、次なる挑戦への意気込みを語ります。
野村 Hondaは「2050年交通事故死者ゼロ」を目標に掲げています。メンバーもお客さまのニーズが安心、安全であることを理解し、協調安全につなげていきたいというビジョンを持っています。これまではクルマ側からカメラで自転車や歩行者を探知して安全を担保するシステムでしたが、これからは自転車や歩行者側からの情報を組み合わせて安全性を向上させる時代ではないでしょうか。 その土台作りのため、SmaChariのシステムを全国に広げ、自転車の走行データを蓄積していくことが目下の目標です。それらをクルマのデータと合わせていけば、安全に向けて基盤づくりが飛躍的に進歩するのではないかと期待しています。協調安全の次なるステップへ貢献できる、やる価値の大きい取り組みだと感じています。
高校生の自転車通学を支える取り組みから、やがては協調安全にさらなる高みをもたらす存在へ。SmaChariが、自転車の安心・安全を担う一翼となる日はそう遠くはないのかもしれません。
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