NYタイムズが「映画『チャイナ・シンドローム』や『ミッション:インポッシブル』並のノンフィクション・スリラーだ」と絶賛! エコノミストが「半導体産業を理解したい人にとって本書は素晴らしい出発点になる」と激賞!! フィナンシャル・タイムズ ビジネス・ブック・オブ・ザ・イヤー2022を受賞した超話題作、Chip Warがついに日本に上陸する。
にわかに不足が叫ばれているように、半導体はもはや汎用品ではない。著者のクリス・ミラーが指摘しているように、「半導体の数は限られており、その製造過程は目が回るほど複雑で、恐ろしいほどコストがかかる」のだ。「生産はいくつかの決定的な急所にまるまるかかって」おり、たとえばiPhoneで使われているあるプロセッサは、世界中を見回しても、「たったひとつの企業のたったひとつの建物」でしか生産できない。
もはや石油を超える世界最重要資源である半導体をめぐって、世界各国はどのような思惑を持っているのか? 今回上梓される翻訳書、『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』にて、半導体をめぐる地政学的力学、発展の歴史、技術の本質が明かされている。発売を記念し、本書の一部を特別に公開する。
「中国による備蓄」だけでは
半導体不足の原因を説明できない
「あまりにも長いあいだ、われわれは国家として、世界的な競争に勝つための大規模で大胆な投資を怠ってきた」とバイデン大統領は画面にずらりと顔を並べるCEOたちに宣言した。ホワイトハウスのセオドア・ルーズベルトの肖像画の下に座り、12インチのシリコン・ウェハーを掲げながら、バイデンはビデオ会議の画面の奥を見つめ、「研究開発や製造で遅れを取っている」経営幹部たちを叱責した。「今こそ奮起が必要だ」と彼が言うと、画面に映る19人の経営幹部たちは同意した[1]。
半導体不足に対するアメリカの対応について話し合うため、インテルなどのアメリカの代表的な半導体メーカーと並んで、TSMCなどの外国企業や、深刻な半導体不足にあえぐ主要な半導体の利用企業が招待されていた。ふつうなら、フォードやゼネラルモーターズのCEOが半導体に関する高官レベルの会議に招待されることはなかったし、そういう会議に興味を持つこともなかっただろう。
しかし、2021年、世界の経済とサプライ・チェーンがパンデミックによる混乱に揺れるなか、世界中の人々が、自分たちの生活や暮らしがどれだけ半導体に依存しているのかを痛感し始めた。
2020年、中国有数のテクノロジー企業がアメリカの半導体技術へのアクセスを禁じられ、中国が半導体不足に見舞われ始めたころ、世界経済の一部がもうひとつの半導体不足にもがき始めた。自動車に広く使われる基本的なロジック・チップを筆頭に、一部の種類の半導体がどんどん入手しづらくなっていったのだ。
実は、この2種類の半導体不足は、部分的に絡み合っていた。ファーウェイのような中国企業は、将来的なアメリカの制裁に備えて少なくとも2019年から半導体を備蓄していたし、中国の工場はアメリカが半導体製造装置の輸出規制を強化した場合に備えてなるべく多くの製造装置を買いあさっていた。
しかし、中国による備蓄では、COVID-19時代の半導体不足の一部しか説明できない。半導体不足のより大きな原因は、パンデミックが勃発して以降の半導体注文の大きな変動にある。企業や消費者がさまざまな商品の需要を調節したのだ。
たとえば、無数の人々が在宅勤務に備えてコンピュータを新調すると、PCの需要が2020年に急増した。また、生活のオンライン移行が進むと、データ・センターのサーバの需要も上昇した。対して、自動車メーカーは当初、自動車の売上が落ち込むと見込んで、半導体の注文を減らした。需要はすぐに回復したのだが、半導体メーカーはすでに生産能力をほかの顧客へと割り振ってしまっていた。
業界団体の全米自動車政策評議会によると、世界最大手の自動車メーカーともなると、1台あたり1000個以上の半導体が使用されることもある。そのなかのたったひとつが欠けただけで、自動車は出荷できなくなるのだ。
2021年の大半の時期を通じて、多くの自動車メーカーが半導体の入手に苦労したばかりか、まったく入手できないことも少なくなかった。業界の推定によれば、自動車メーカーは2021年、半導体不足がなかったと仮定した場合と比べ、770万台の減産に見舞われ、合計2100億ドルの収益を失ったとされる[2]。
半導体産業ほどうまく
パンデミックを切り抜けたところはない
バイデン政権や大半のメディアは、半導体不足をサプライ・チェーンの問題と誤解した。ホワイトハウスの依頼により、半導体を中心とするサプライ・チェーンの脆弱性について、250ページの報告書がまとめられたが、実際には、半導体不足の主な原因は、半導体サプライ・チェーンの問題にあるわけではなかった。
確かに、供給の混乱もあるにはあった。たとえば、COVID-19によるマレーシアのロックダウンで、現地の半導体パッケージング業務に支障が生じたのは事実だ。しかし、調査会社のICインサイツによると、2021年の世界全体の半導体デバイスの生産量は、1.1兆個以上と過去最高だった。2020年比で13%増だ[3]。
つまり、半導体不足は、供給の問題というより、主に需要の増加の問題だったのである。半導体の需要を突き上げていたのは、新型のPC、5Gの携帯電話、AI対応のデータ・センター、そして突き詰めれば、計算能力を求める私たちの飽くなき欲求だった。
こうして、世界中の政治家たちが、半導体サプライ・チェーンのジレンマを見誤った。問題は、広範にわたる半導体産業の生産工程が、COVID-19やロックダウンへの対応を誤った、という点にあるわけではない。
実際には、これほど少ない混乱でパンデミックを切り抜けた産業はほとんどないといっていい。表面化した問題、特に自動車用の半導体不足は、主に自動車メーカーがパンデミックの初期段階で焦って半導体の注文をキャンセルしてしまったことと、些細な誤差も許さないジャストインタイム生産システムに原因があるといっていいだろう。
確かに、数千億ドルの収益を失った自動車産業にとって、これまでのサプライ・チェーン管理の方法を見直すべき理由は数多くある。だが、半導体産業にとってはむしろ豊作の年だった。巨大地震を除けば(そのリスクは低いがゼロにはできない)、半導体産業は2020年初頭以降、平時としてはこれ以上ないくらい厳しいサプライ・チェーンへの衝撃を生き抜いてきたのだ。
2020年と2021年の両年に半導体生産が大幅に増加したのは、多国籍のサプライ・チェーンが機能不全に陥っている証などではない。その逆で、有効に機能しているという証なのだ。
注
[1] “Remarks by President Biden at a Virtual CEO Summit on Semiconductor and Supply Chain Resilience,” The White House, April 12, 2021; Alex Fang and Yifan Yu, “US to Lead World Again, Biden Tells CEOs at Semiconductor Summit,” Nikkei Asia, April 13, 2021.
[2] AAPC Submission to the BIS Commerce Department Semiconductor Supply Chain Review, April 5, 2021; Michael Wayland, “Chip Shortage Expected to Cost Auto Industry $210 Billion in Revenue in 2021,” CNBC, September 23, 2021.
[3] “Semiconductor Units Forecast to Exceed 1 Trillion Devices Again in 2021,” IC Insights, April 7, 2021, https://ift.tt/r4Eh5cz.
(本記事は、『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』から一部を転載しています)
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