開業1周年を迎えたJR九州の西九州新幹線(長崎〜武雄温泉間)。他の新幹線とはつながっておらず、本州や福岡方面からは在来線特急との乗り継ぎが必要だ。このためJR九州は沿線住民の日常利用の掘り起こしに力を入れる。JR西日本が来春の開業を予定する北陸新幹線の金沢〜敦賀間も、関西・名古屋方面とは乗り換えが発生するため、北陸3県間の移動需要をいかに喚起するかが重要になりそうだ。
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西九州新幹線が開業1周年を迎えた9月23日、新幹線各駅や車内は赤いTシャツを着た人々でごったがえしていた。
みんなで、西九州を、真っ赤に染めよう……。そううたい、JR九州はこの日限りの乗り放題切符をTシャツ型にする奇策を繰り出した。アイデア自体はこの夏に「急行券Tシャツ」を発売した新潟県の第三セクター・えちごトキめき鉄道(新潟県上越市)に先を越されたものの、JRグループでは初の試み。約6800枚売れたという。この日の利用客は約2万2000人で、1年前の開業日の約1万4000人を大きく上回った。JR九州の古宮洋二社長は「我々がびっくりするほど利用された」と満足げに話す。
この日、長崎駅を訪れていた長崎市在住の女性は「眼鏡橋や中華街など、市内の観光地でも赤いTシャツを着た人たちを多く見かけた」と驚いた様子。普段、西九州新幹線を利用しない地元住民にも、新幹線1周年ということを広く知らしめる効果があったようだ。
これこそがJR九州の狙いでもある。
関西から長崎、乗り換え2回のハンディ大きく
開業後1年間の1日当たり平均利用客数は約6600人だった。JR九州は利用客数の目標を公表せず、「新型コロナウイルス禍の中で開業したので、約6600人は合格点だ」(古宮氏)とする。ただ、国土交通省が2022年5月に西九州新幹線の特急料金を認可した際の資料には、22年度の需要予測は1日7314人とある。想定を下回ったのではないか。
この点について古宮社長に聞くと「その数値はあくまでも国交省が試算したものだ」と前置きしたうえで、「1年目は開業効果でゲタを履いているが、2年目はそれを超えないといけない」と答えた。週末よりも平日の利用が少なく、ビジネス利用や通勤通学、買い物など日常の利用を広げていく必要があると話す。そのために「開業1周年など折々のイベントを通じて、まずは新幹線を体験してもらうことが重要だ」(古宮氏)
JR九州が地元の需要掘り起こしに躍起になる背景には、西九州新幹線の特殊性がある。運行区間の長崎(長崎市)〜武雄温泉(佐賀県武雄市)間の営業キロが69.6キロメートルと日本で最短の新幹線であるだけでなく、他の新幹線とつながっていない「離れ小島」状態であることが悩みの種。博多方面とは在来線特急に乗り継がなければいけない。
国交省の需要予測の根拠は、関西と長崎を行き来する旅客が一定数、エアラインから鉄道に転移するというもの。具体的には、鉄道のシェアが3割弱だったものが、所要時間短縮により4割近くまで増えるとした。これは所要時間がほぼ同じで、新幹線と在来線特急を1回乗り継ぐ名古屋〜松山間などの状況を参考にしたものだ。
しかし、関西方面からだと博多駅または新鳥栖駅(佐賀県鳥栖市)で在来線特急に乗り換え、武雄温泉駅でまた西九州新幹線に乗り換えなければいけない。乗り換えは2回で、集客は容易ではないという。ちなみに国交省ですら「福岡〜長崎間は高速バスのほうが運行本数・運賃ともに優位」(前出の資料)とし、新幹線が開業しても転移は起きないと結論づけている。
メインターゲットは「福岡県の39歳女性」
JR九州は10月1日、佐賀県嬉野市の温泉街に宿泊施設「嬉野八十八(やどや)」をオープンした。嬉野市には西九州新幹線が開業するまで鉄道が走っておらず、観光客の9割近くが車で訪れていた。新幹線の開業効果を高めるため、18年に廃業した温泉旅館の跡地を購入して、嬉野温泉では最も高級となる、1泊2食で1人当たりの宿泊料金が3万円台半ばを超える温泉宿をつくった。
開発に際して念頭に置かれたメインターゲットとなるペルソナは「上質なものに触れ、上質なものを熟知しているセンスのよい福岡県の39歳女性」という。古宮社長は「本州などもっと広域の方々にも利用してもらいたい」と挨拶したが、乗り換え2回の壁は高そうだ。地元・嬉野市の村上大祐市長も「(未着工となっている新鳥栖〜武雄温泉間の)整備方式が決まらないと投資を呼び込めず、都市計画が定まらない」と困り顔。
JR九州や国交省、長崎県が推す「フル規格」(一般的な新幹線)での整備に対して、佐賀県はもともと線路の幅が異なる在来線と新幹線を直通できるフリーゲージトレインが計画されていたことを理由に難色を示している。村上市長は「国の政策のまずさはある。しかし国のせいにするのではなく、現実解を見つけないといけない」と佐賀県に対してくぎを刺す。
西九州新幹線の1周年記念イベントでは、長崎県からは大石賢吾知事が参加したのに対して、佐賀県からは地域交流部文化・観光局の中尾政幸局長の出席にとどまった。嬉野八十八の開業式典に参加したのも副知事の南里隆氏だった。そして南里副知事は祝辞で、コロナ禍で運休していた佐賀空港の国際便が復便していることや、インバウンド(訪日外国人客)で長崎県との周遊旅行が組めることなどを強調した。
佐賀県の山口祥義知事は1年前の日経ビジネスのインタビューで「(西九州新幹線が)佐賀駅を通るルートは発展性がなく、ハードルが高い」と述べていたが(参考記事「なぜ西九州新幹線はつながらないのか 佐賀県知事が激白」)、ここへきて佐賀空港付近を通るルートについて「検討に値する」と明言。佐賀空港が博多駅と新幹線で結ばれれば、混雑する福岡空港の機能代替や補完を見込めるというもくろみがあるようだ。ただJR九州は需要が大きい佐賀駅を経由するのがベストという姿勢を崩しておらず、調整は難航しそうだ。
いずれにせよ当面は武雄温泉駅での乗り換えを前提に戦略を練るしかない。新幹線では定番である広域集客は見込めず、日常利用を掘り起こし、地元のための新幹線に徹するしか道はない。
北陸新幹線も長期間の「分断」避けられず
同じことは、24年3月16日に延伸開業する北陸新幹線にも言える。金沢(金沢市)〜敦賀(福井県敦賀市)まで伸び、福井県と首都圏が直結する。一方でこれまで在来線特急で乗り換えなしで結ばれていた大阪・京都や名古屋とは敦賀駅で乗り換えが必要になる。そして、敦賀以西の整備ルートが決まらず着工に至っていないため、10年以上はそれが固定化すると見られる。
大阪〜金沢間の場合、所要時間は22分短縮されるが乗り換えが発生し、特急料金は1620円高くなる。名古屋〜福井間の場合、3分しか時間短縮にならないのに、米原駅(滋賀県米原市)と敦賀駅で2回の乗り換えが発生。特急料金は1160円も高くなる(米原駅での、東海道新幹線と特急「しらさぎ」の乗継割引が廃止される影響は含まない)。JRは割引切符の設定などで利用客をつなぎ留めるはずだが、高速バスやマイカーなどへの転移は否定できない。
北陸新幹線を巡っては首都圏とのアクセス改善にばかり目が向きがちだが、北陸3県の移動がスムーズになる点は意外に大きい。現状は、金沢〜富山間は北陸新幹線、金沢〜福井間は在来線と分断状態。しかし北陸新幹線が延伸することで、福井・金沢・富山がそれぞれ30分以内で結ばれることになる。
北陸新幹線が15年に長野〜金沢間で開業した際、富山市などは金沢市に通学する学生に定期券代の一部を補助した。新幹線の利用促進と、人口流出の抑制を狙った政策だった。新幹線の利用をどう増やしていくか。JRと沿線自治体が知恵を絞って、地元の需要を喚起していくしかない。
(日経ビジネス 佐藤嘉彦)
[日経ビジネス電子版 2023年10月30日の記事を再構成]
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