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地方のパン屋と消費者を結ぶ「パンスク」の正体 - Au Webポータル

さまざまな地域の「町のパン屋さん」の味が楽しめるパンのサブスクリプションサービス「パンスク」。1箱の中にランダムに選ばれた8個前後のパンが詰め合わせられており、価格は月に1回3990円、税・送料含む(筆者撮影)

「乃が美」や「に志かわ」といった高級食パンや「小麦の奴隷」、岸本拓也氏プロデュースによる店舗など、ベーカリーの台頭が注目されてきた。背景には、パン消費量の増加を支えるインフラとしての「地域のパン屋」の需要がある。

総務省の家計調査では、2011年にパンの世帯での年間消費金額がコメを抜いて以降年々伸び続けており、2万8000円程度から2015年には約3万円に、2021年には約3万1000円となっている(2人以上の世帯)。

ベーカリーに関しては国のデータが少ないため、やや古いデータになるが、経済センサス活動調査の2012年と2016年を比べてみた。「パン小売業(製造小売)」の事業所は2012年8344件→2016年1万474件へと増加している。東京都は大きく増え、937→1162件となっている。

まだ余地のある地方都市での需要を見込み、ベーカリーは今後も増えていくと思われる。

パンのサブスクリプション通販

ただ、ベーカリーは技術の習得の難しさから始まり、長時間にわたる重労働、客単価の低さなど経営は決して簡単ではない。売れ残りのリスク要因もある。

今、こうしたパン屋の課題と、全国で伸びるパン需要を結びつけるサービスが注目されている。「パンフォーユー」が展開するパンのサブスクリプション通販「パンスク」だ。8個前後のパンの詰め合わせで、各地のベーカリーから直接登録者に配送する。基本的に月に1回で価格は3990円(税・送料含む)だが、頻度を変えることもできる。

同サービスの特徴の1つがパンの冷凍技術だ。冷凍状態で届いたパンを自然解凍しトースターなどで温めるのがおすすめの食べ方。これにより焼きたてのような味を楽しむことができるという。冷凍でも味が落ちない理由は、冷凍のタイミングと包装材にある。焼き上がったばかりのパンを独自開発の袋に詰めて冷凍することで、でんぷんの劣化を抑えやわらかい状態を保つのだという。冷凍庫で約1カ月間品質を維持できるそうだ。

封を開けずに袋のまま常温で2〜3時間自然解凍する。予熱したトースターで3〜5分焼き、さらに余熱で2分温めるのがもっともおいしい食べ方だという。急ぐ場合は電子レンジで40秒ほど加熱後、トースターで2〜3分焼いてもよい(筆者撮影)

コロナ禍では通販の市場が全般的に拡大したが、食品業界では「冷凍」に対する消費者のイメージが変わったことがトリガーとなり、冷凍食品の市場が伸びた。つまりパンでいえば「冷凍パンはおいしい」ことが広く認知されたのだ。

そのためパンスクについても、2020年2月サービススタート当初から登録が右肩上がりで伸び、現在の会員数は約2万人になるという。同社代表取締役の矢野健太氏は「巣ごもり需要に加え、日頃からベーカリー巡りをしたりパンフェスに行っているような層の利用があったのでは」と分析する。

どの地域に会員が多い、といった地域差はとくになく、人口分布に応じたバランスになっているとのことだ。

また冷凍技術と並んで、パンスクを特徴づけているのがDXの活用だ。ベーカリーに入り込んで働き方を研究したうえで、商品情報管理や出荷管理といった作業をスマホ1つで行えるシステムを独自開発。ポイントはベーカリーの作業負担を抑えたことと、消費者からメッセージが届く機能を備えたことだ。

「地域のベーカリーの課題解決」が目的

今はサブスクサービスもさまざまな種類があり、通販も珍しくない。パンスクではどのように差別化しているのだろうか。

一つには、主役であるパンのおいしさ、多様さがある。ベーカリーは同社社員が試食をして選定しており、現在提携店舗は75店舗に上る。「おいしい」「また食べたい」「人に勧めたい」などが基準となるが、そのほか個人ベーカリーであることが条件だそうだ。矢野氏がサービスを開始した理由の1つが「地域のベーカリーの課題解決」ということなので、チェーン店を対象としないのは当然だ。

また、できるだけさまざまな個性を持ったパンを集める意味もある。

月に1回、8個前後のパンが詰め合わされたボックスが届く(筆者撮影)

パンスクの特徴の1つが、詰め合わせるパンを消費者は選べないこと。ふだん選ばないようなパンとの出合いや、パン屋でパンを選んでいるようなワクワクする楽しさに価値を置いているためだという。

「地域地域にいろいろなパン屋があることは、社会の多様性にも通じると思います。パンスクのお客様にも世界の広さをいっしょに感じてほしいという意味で、あえて種類を選べないようにしています」と矢野氏。

ただし甘さ、しょっぱさの好みや食パンを入れるかどうかなど、ある程度の選択肢を設けてほしいという声もあり、対応を模索中だそうだ。

サービス開始当初はファミリー層の需要を見込んでいたが、実際は40〜50代の女性が多い。届いたメッセージには「家族に内緒で、自分へのごほうびとして食べている」というものもあった。

スイーツなど、「ごほうび」へのニーズは一人暮らしの人にももちろんある。一方で、家庭を持つ女性は食事の好みなどでは子どもや夫を優先しがちだ。1人になれる貴重な時間を、パンやおやつでさらに幸せなものにしたいという気持ちがあるのではないだろうか。

では、パンスクを利用するベーカリー側にとってのメリットはどこにあるのだろうか。

熊本県のベーカリー「プチミニョン」に話を聞いた。看板商品はフランボワーズジュレやチョコレートなどを練り込んだカラフルなクロワッサン。今回質問に答えてくれたのは夫婦で店を経営している東亜由美さんだ。夫がシェフとしてパンを焼いている。

同店は2017年9月に開業。ファミリー層が多い郊外の住宅地で学校も多く、主婦や学生、近くに産婦人科があることから妊婦なども来店する。客数は平均して日に50組ほどだ。

「こだわりをもって作ったものをパンが好きな人に届けたい一方で、個人店としてのスタイルも崩したくないという思いがありました。それで、店舗を広げずに経営を成長させるには、とあれこれ考えていたんです。2017年末からネットショップ開設サービスを活用して通販をしてみましたが、売れ行きにはばらつきがあるし、販売数も増やせないし、個別対応が大変でした。集客もインスタグラムだよりで難しさを感じていました」(東さん)

コロナ禍で製造予測ができなくなった

パンスクとの提携は2022年の4月から。直接の動機となったのが、コロナの影響だったそうだ。

コロナ以前は店が混む曜日が把握できていたが、コロナ禍になると混雑している時間を避けるようになり、製造予測ができなくなったそうだ。またコロナが落ち着いた頃から原料高騰があり、値上げはしていないにもかかわらず「パンが高くなっている」というイメージがあるのか、来店を抑えている感じがしているという。

「パンスクでは製造個数が事前に確定するので予定も立てやすく、ロスも出ないのが助かっています。パンスクにまつわる作業は難しくなく、決まった手順でできるので負担がありません。また製造前の出荷箱数の確定と同時に売り上げも確定するので、メンタル面で本当に助かります。それに自分で通販をやってみて、認知を広めることの難しさがよくわかりました。ですから、パンスクを通じてパン好きの方に知ってもらえることにメリットを感じています。メッセージだけでなく、お店に手紙をくださったお客様もいて本当にうれしかったです」(東さん)

同店では将来的に売り上げのうち2〜3割をパンスクにできればと考えており、店全体の売り上げとしては現在の1.3倍にすることが目標だそうだ。

パンフォーユーでは、パンスク以外にも企業の福利厚生向けの「パンフォーユーオフィス」やパンビジネスを支援するプラットフォーム「パンフォーユーBiz」など、複数の事業を展開する。実は2018年10月から開始したパンフォーユーオフィスもニーズが高く、当初はメイン事業だったが、現在ではパンスクの売り上げが高くなっているという。

また新たな事業として、低糖質の「まいパン」の販売をスタートした。レシピと粉を提携ベーカリーに提供して製造委託するビジネスモデルで、パンフォーユーオフィスで扱うほか、アマゾンでも販売している。5種類が2個ずつ、計10個セットで3450円(送料別)だ。

糖質15g以下の「まいパン」。手前右から時計回りにダイスベーコンチーズ、くるみ小倉、塩パン、明太フランス、あんちょびきのこ(写真:パンフォーユー)

おいしさの理由は?

まいパンでは独自開発の粉によりパン1個の糖質を15g以下に抑えられるという。5種のうち「塩パン」「あんちょびきのこ」を試食したが、味や食べ応えはふつうのパンと同じで、低糖質食品にありがちなパサパサ感や特有の匂い、物足りなさなどは感じなかった。

パンフォーユー代表取締役の矢野健太氏。起業してビジネスを軌道に乗せるまでは失敗の連続だったというが、それらの失敗は現在の新たな事業アイデアにも活用されているそうだ(筆者撮影)

50回以上の試作を重ねたという矢野氏はおいしさの理由について、「低糖質パンといえばふすまや大豆を足すのが一般的。でも『まいパン』では小麦をちゃんと使い、おいしさにこだわって作りました」と説明している。

今後は種類を増やすほか、1年目の販売目標を10万個と設定し、さらに3年以内にはスポーツジムや健康食品の企業などパートナー企業100社以上を目標にして販売拡大を狙うという。

今回紹介したパンスクは地域課題やベーカリー支援の発想から生まれたビジネスモデルとして、岸本拓也氏のプロデュース店や「小麦の奴隷」とも比べられる。パンスクにおいては、ベーカリーを経営する人の夢やパンへのこだわりを大切にしながら、負担を増やすことなく安定経営を支援できているところが評価のポイントだろう。

(圓岡 志麻 : フリーライター)

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