紙の出版物の販売が落ち込む中、絵本の売れ行きが好調だ。書店の専門コーナーでは、親子連れだけでなく、「自分用」の絵本を買い求める大人も珍しくないという。コンテンツが多様化し、ウェブ動画を楽しむ乳幼児も増えている現代。なぜ、昔ながらの「紙の絵本」の人気は陰らないのだろうか。(時事ドットコム編集部 谷山絹香)
「めくる楽しみ」
2022年9月中旬の週末、東京・神保町の一角にたたずむ絵本の専門店「ブックハウスカフェ」は親子連れで賑わっていた。「ねえねえ、これ読もう」。そうせがまれた30代の女性は、ほほ笑みながら2歳の長女を膝の上に座らせ、ゆっくりと読み聞かせを始めた。「紙をめくるのも楽しみの一つ。絵本は何冊あってもいいですよね」と優しい目。「たくさんお話を聞いて、言葉を覚えていってほしい」と、わが子を見詰めた。
店内にいた他の親子連れからは「子どものことを思うと財布のひもがゆるんでしまう」「家には50冊以上絵本を買いそろえている」との声も聞かれた。「5歳の孫のために」と手にした絵本を見せてくれた70代の男性は「今の子どもはユーチューブなどで映像に接する機会が多いので、文字に触れてほしくて」と照れた様子で話した。
10年で1.2倍
全国出版協会・出版科学研究所(東京)によると、統計を取り始めた2011年に299億円だった絵本市場は、21年にはおよそ1.2倍の353億円に成長した。インターネットの普及や少子化による雑誌の落ち込みに加え、電子コミックなどの台頭でマイナス成長が続く紙の出版市場の中、20年(330億円)からもおよそ7%拡大している。
なぜここまで堅調なのか。同研究所の主任研究員、久保雅暖さんは、親が子ども時代に楽しんだ絵本をわが子に買い与えることで「数十年にわたるロングセラー作品が生まれ、売り上げを下支えしている」と指摘。書いたり破ったり、子どもが自由に楽しむためには買った方がいいという「親の思い」や、不景気でも孫には新品を買い与えたいという「祖父母からのプレゼント需要」も影響していると分析する。
赤ちゃんが生まれた家庭に絵本を無償提供するブックスタート事業が全国の自治体で広がったことや、新型コロナウイルス禍の巣ごもり需要なども、売り上げを後押ししたという。
久保さんは「りんごかもしれない」(ブロンズ新社)で知られるヨシタケシンスケさんをはじめ、大人も楽しめる新世代の人気作家が次々に登場したことも背景にあるとみる。
確かに大人からの需要はあるようだ。大手書店「丸善丸の内本店」(東京都千代田区)によると、21年10月、成人女性をターゲットにオープンした「EHONS TOKYO(エホンズトーキョー)」には遠方からも多くの来客があるという。篠田晃典・丸の内本店店長は「表紙も中身も、30年間ほぼ変わらないのに廃れない。それが絵本の強みです」と話す。
先に紹介したブックハウスカフェで取材に応じてくれた幼稚園の園長という60代男性は、10冊近くを胸に「自分用と園の子どもたち用。年代と関係なく楽しめるのが絵本のいいところ。自分用には心に残る話、子どもたちには楽しく明るい内容の本を選んでいる」と話していた。茅野由紀店長も「最近は大人が自分で楽しむために買うケースも増えていると思う」と語っている。
デジタル化すべき?悩む出版社
紙媒体であることが読者に支持され、将来安泰にも見える絵本業界。全国出版協会・出版科学研究所の久保主任研究員によると、デジタル化された絵本の売り上げは「全体の数パーセントあるかないか」というが、取材を進めると、実は出版社の中でも絵本のデジタル化を進めるべきかどうか、さまざまな意見があることが分かってきた。
「ぐりとぐら」などのベストセラー作品で知られる福音館書店(東京都文京区)は22年、電子書籍化した児童書の販売を始めたが、絵本のデジタル化には踏み切れないでいる。
山形昌也・書籍編集部長は「絵本では使用する紙や色合い、判型まで、作家さんのイメージを大切に表現している。例えば、昔話だったらざらざらした紙、蛍光色の絵なら、発色を生かせるつやのある紙を使用する」と説明。「デジタル絵本」では、サイズや色も変わってしまう可能性があり、そうした繊細な表現ができなくなることを危惧しているという。
社内からは「絵本は大人が読み聞かせるもの。乳幼児にタブレット端末を渡して、ひとりで絵本を読むことにつながらないか」との意見も上がったといい、「読者からも『紙の絵本を守ってほしい』との声が寄せられている。引き続き議論は進めるが、絵本のデジタル化については慎重に考えたい」と話す。
一方、「おしりたんてい」などのヒット作で知られるポプラ社(東京都千代田区)は2015年にデジタル化を始め、これまでに約200作品の「デジタル絵本」を発売している。
阪元昭次・電子書籍ユニット長は「紙の絵本をどれだけデジタルで再現できるのか。当初は社内に何とも言えない不安感があった」と打ち明ける。だが、電子書籍には、持ち運びが楽で「品切れ」もなく、新刊も昔出版された本も広く読んでもらえるという利点がある。二の足を踏む編集者が多い中、「子どもたちの選択肢を広げたい」と説明を重ねて理解を得たといい、「子どもたちがこれまで読む機会のなかった本と出会える。そのきっかけの1つとして電子書籍があればいい」と話した。
敵はユーチューブ?
順調に売り上げを伸ばしてきた絵本だが、懸念材料もある。デジタル利用の低年齢化が「絵本離れ」に繋がりかねないことだ。絵本の情報・通販サイト「絵本ナビ」の金柿秀幸代表取締役社長は「夫婦共働きで、絵本を読み聞かせる時間がない家庭が増えている。高刺激で一人で楽しめるメディアに、子どもの時間と関心が移りつつある」と指摘。「漫画やゲーム、動画投稿サイトといったメディアから、子どもたちを取り戻さなくてはならない」と危機感を募らせる。
ここに、東京大大学院教育学研究科の「発達保育実践政策学センター」とポプラ社が共同実施した「幼児の読書とデジタルメディア利用に関する保護者調査」(2021年、有効回答1490人)の結果がある。
年少から年長クラスの幼児を育てる母親に「子どもの発達にとって、現時点でより大事だと思う活動」を尋ねたところ、「デジタル遊び」は最も支持が少なかった。それにもかかわらず、テレビやタブレット端末を見る「スクリーンタイム」は、子どもの活動時間の中で唯一120分を超え、休日は平日よりも52.5分長かった。これに対し、休日に子どもが「読書」に費やす時間は、平日よりわずかに2.5分長くなっているに過ぎない。
担当した佐藤賢輔特任助教によると、調査からは、幼児のデジタル遊びをあまり肯定的に感じないながらも、保育園などが休園する休日に、タブレット端末やテレビに子どもを任せざるを得ない母親の姿が浮かぶという。子どもが言葉を覚える際、読み聞かせが良い影響を与えることは先行する研究で繰り返し指摘されているものの、「保護者にとってはハードルが高い」のが現状とみる。
それぞれにメリット
調査では、子どもが読む本はデジタルと紙のどちらが好ましいかも尋ねている。「紙の本」との回答は「どちらかと言えば」と合わせると91%を占め、家庭での読書時間については、93%が「デジタルの本を読む時間の割合は0%」を選んだ。
佐藤特任助教によると、紙の絵本には、子どもがより内容に集中できたり、読み手が子どもの理解度にあわせて文章を言い換えたりできるといった利点がある。一方、デジタル絵本には、例えばボタン1つで文章を外国語に切り替えたり、音声で読み上げたりする技術などを取り入れることで、ハンディキャップを感じている子どもも楽しめる可能性がある。
紙とデジタルで、子どもの内容理解に差がなかったとの研究もあるという。佐藤特任助教は「子どもも保護者も楽しみながら自由に読むために、それぞれのメリットを生かせたらいい」と期待した。
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