小林 修 (化学専攻 教授)
石谷 暖郎(化学専攻 特任教授)
発表のポイント
- 必須医薬品セファゾリンナトリウムの連続合成を実現。
- 従来のバッチ法に比べ生産効率が大幅に改善できる連続フロー法の開発。
- 数年来続く抗生物質欠品を解決し、必須医薬品の安全、安定的な国内生産へと発展すると期待できる。
セファゾリン連結・連続フロー生産
発表概要
東京大学大学院理学系研究科化学専攻の小林教授、石谷特任教授らによる研究グループは、必須医薬品(Essential Drug)(注1)として重要な抗生物質セファゾリンナトリウムの前駆体であるセファゾリンの連結・連続フロー合成(注2)を達成、簡便な後処理操作により高純度なセファゾリンナトリウムに変換できることを明らかにした。医薬品のような複雑な化学構造を持つ有機化合物の合成・製造は、これまでフラスコ内での化学反応の応用であるバッチ法(注3)が適用されてきた。この方法は細かな反応条件の設定が容易である反面、時間や手間、スペース、廃棄物が多いなどの問題を抱え、すべてコストを圧迫する要因となっていた。今回開発した連続フロー法は、これらの問題を一挙に解決できる手法で、特にオンデマンド製造に適した手法と言える。この手法が実装されることにより、セファゾリンナトリウムをはじめ必須医薬品と呼ばれ我々が日常的に必要とする重要な医薬品が、安全かつ安定的に国内生産されることにつながると考えられる。(図1)
図1:セファゾリンの連続合成イメージ
コイル状になっているものがリアクター(反応器)で、原料A、B、Cをリアクターに送液していくとコイルの出口からセファゾリンが得られる。得られたセファゾリンは、簡単な処理により、高純度で必須医薬品のセファゾリンナトリウムへと変換できる。
発表内容
〈研究の背景〉
セファゾリンナトリウムは第一世代セファロスポリン系抗生物質として広く普及している医薬品で、手術時の感性予防ため投与される最も重要な抗生剤の一つである。WHOはセファゾリンナトリウムを必須医薬品(Essential Drug)に指定している。日本においても多くの感染症治療に使用されているが、2018年に海外製造原体への異物混入が発覚し、2019年には国内最大の原体供給メーカーからの供給がストップする事態へと発展した。関連学会、医療現場は揃って同様の重要医薬品の国内製造の重要性を提議し、現在厚生労働省も対策に乗り出す事態となった。同品をはじめ多くの医薬品の製造自体、かつては日本の技術力の結晶とも言える産業の一つだった。しかし、グローバル化が進みサプライチェーンの上流、すなわち製造の拠点は日本から海外へと移動が進み、日本はそれらを海外から購入して商品化するようになっている。この事態は、現在経済安全保障の観点からも、供給体制の見直しが社会課題となっている。供給体制を見直すためには、製造法そのものの見直しが必要でもある。
〈研究の内容〉
セファゾリンナトリウムに限らず、サプライチェーンの多くを海外依存する原因となったのは主にコストであるが、国内に生産拠点を戻すことを念頭に置いたとして、この問題は重大である。従来のバッチ生産法は、設備投資やランニングコストのほか、スペース、特に抗生物質のように高い生理活性を持つ医薬品の場合、環境暴露(注4)や交叉汚染(cross contamination)(注5)、作業者の健康被害を防ぐため専用の建屋を用意するなど、莫大な初期投資が必要である。また、バッチ生産法では生産量のコントロールが困難で、需給のバランスが安定しない製品の場合、過剰に生産した製品を在庫として管理する必要がある(例:新型コロナウィルス感染症ワクチン)。また、災害や社会情勢により物流そのものが分断されるなど、突発的なトラブルには対応できない。
すなわち、供給体制の見直しには、コスト・スペースなど効率面の問題に合わせ、必要とされるときに必要とされる量を、必要とされる場所で製造する(オンデマンド・オンサイト製造)フレキシブルな生産システムの構築が必要である。小林教授らのグループは、高速混合、精密反応制御、温度制御、不安定中間体の迅速変換といった連続フロー法の利点を活かすことができれば、高活性抗生物質のような医薬品のオンデマンド生産に資する技術開発を実現することができると考え、セファゾリンの連続フロー合成でそれを検証した。実際に、7 mLと4 mLのチューブリアクターを直列に連結した2段階連結反応システムを用いて、最大約3 g/hのセファゾリンが得られることを実験室で実証した。従来のバッチ法では、2段階の反応の中間体を精製する操作が必要なため、労力と廃棄物排出を余儀なくされる。本手法では、究明された最良の送液条件を利用すると中間精製操作を必要とせず、後工程で高純度のセファゾリンナトリウムへと誘導可能な生成物を得ることができる。また、実験室で得られた小スケールの実験結果が、規模を約30倍に拡大した場合にもほぼ完全に再現できることを実証し、開発した連続生産システムが拡張性と再現性に優れた手法であることを証明した。(図2)
図2:セファゾリン連続合成詳細スキーム
〈今後の展望〉
必須医薬品の海外依存は、セファゾリンナトリウムの国内供給ストップという非常事態を招き、社会に混乱を来す原因となった。一方で、医薬品のようなハイエンド化学品の生産が、今後連続法に置き換わることは世界的な共通認識で、後処理工程や製剤など製造の後段では連続化への移行が進んでいる。一方本研究は、重要医薬品の合成工程そのものを連続化するものであるが、単にバッチプロセスを連続化しただけではなく、① 連続化することで中間生成物の精製が不要になった、② 運転時間をコントロールするだけで容易に生産量を調節できる、③ 原料投入以降、生成物が排出されるまで外部暴露がなく、製品そのもの・作業者への安全性は高い、など多数の利点を実現できた。これらの事実は、連続化実装の意義の大きさを示している。
上述したように、セファゾリンナトリウムは我が国のほとんどの外科手術に用いられている必須医薬品であるにもかかわらず、安定供給に不安が残っている。本研究により、実験室レベルで大量供給のための連続生産の道筋がついた。今後、実生産へ向けたプロセス検討、さらに1日も早い連続製造の社会実装が望まれる。また、本研究により、セファゾリンナトリウムに限らず類似の抗生剤の連続生産の可能性が示された。今後、連続生産が国内の抗生物質事情を解決する基本方策となり、同様の抗生剤を含む多数の医薬品の製造体制を刷新することが期待される。
論文情報
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雑誌名 Bulletin of the Chemical Society of Japan 論文タイトル A Practical and Convenient Synthesis of Essential Antibiotic Drug Cefazolin Sodium through One-flow Sequential and Continuous-flow Conditions
著者 Shoichi Sugita, Haruro Ishitani*, Shu Kobayashi*
DOI番号
研究助成
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬基盤推進研究事業の支援を受け、研究課題「原薬の実生産に向けたフロー精密有機合成の高度化(課題番号JP22ak0101145)」の一環として行われました。
用語解説
注1 必須医薬品(Essential Drug)
世界保健機関 (WHO)によって「人口の大部分におけるヘルスケア上の需要を満たすものである。そのために、適切な量・適切な剤形で個人やコミュニティが入手しうる価格であるべきである」と定義されている医薬品。↑
注2 連続フロー法
回分式とも呼ばれる。バッチとは槽型反応器、つまり反応タンクのことで、フラスコで行う化学反応の延長である。この方法では、反応させる化合物、添加剤、触媒、溶媒など全てをタンクに入れ、加温、加圧など反応条件にし、時間経過後反応状態を解除してタンクから生成物や未反応物、副生成物を取り出す。場合によっては反応停止剤を加えることもある。望みの生成物は、取り出した後の混合物から分離操作を経て得ることができる。↑
注3 バッチ法
バッチ式とは異なり、原料、添加剤などを投入すると同時に反応生成物を取り出す反応様式。すなわち、反応器としては、入り口(投入口)と出口(取り出し口)を備えており、この間を通過する際に反応が進行する。一度に投入する原料の量(=タンクの容量)で生産量をコントロールするバッチ式とは異なり、流す時間で生産量が決まる。↑
注4 環境暴露
作業環境や生活環境において、肺・口・皮膚などから化学物質・放射線・電磁波・紫外線などが体内に取り込まれること。↑
注5 交叉汚染(cross contamination)
工程や製造する製品が2つある場合に1つの製品が異なる製品の製造過程での汚染源になること。医薬品、化学品、食品、電子材料などあらゆる製造施設において、製造過程での交叉汚染を防止することが重要である。そのため、特に高活性医薬品の場合は建屋ごと別棟にするなど徹底した隔離措置が取られることが多い。↑
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